構造分析 日向夏
薬屋のひとりごと 表紙

薬屋のひとりごと

The Apothecary Diaries

毒を見抜く少女の目は、後宮という「構造」そのものを解剖する。

薬屋のひとりごとは、後宮を舞台にしたミステリーとして人気を博しています。薬学の知識を持つ少女・猫猫(マオマオ)が事件を解決する痛快さがこの作品の魅力として語られがちですが、構造を分解すると、もっと巧みな設計が浮かび上がってくる。猫猫が解く謎の一つひとつが、実は後宮という閉鎖空間の「権力構造」を暴いていく装置になっている。毒と薬は表裏一体──それはこの物語の構造そのものです。人を救う知識が権力を生み、権力が人を殺す。猫猫はその連鎖の中で、ただ「真実」だけを見ようとする。

物語の設計図

出来事 行動 心理
因果 伏線
花街の薬師の娘・猫猫が人攫いに遭い、後宮に下女として売られる
猫猫は目立たぬよう地味に過ごすが、薬学の知識を隠しきれない
帝の御子が次々と衰弱していることに気づく。原因は「おしろい」に含まれる鉛毒
最初の謎解きが後宮の構造的問題を暴く。毒は「悪意」ではなく「無知」から生まれた
匿名で玉葉妃に警告の手紙を届ける。玉葉妃はおしろいの使用を中止し、御子は回復
宦官・壬氏が猫猫の正体に気づき、玉葉妃付きの侍女(毒見役)に抜擢する
壬氏は後宮で絶大な権力を持つ美貌の宦官。猫猫だけが彼に「なびかない」
壬氏に「なびかない」猫猫。権力に無関心な視点が後宮の真実を見抜く装置になる
園遊会の毒入りスープ事件。猫猫は自ら毒を飲んで妃を守り、犯人の手がかりを掴む
阿多妃の侍女・風明が一連の事件の黒幕と判明。35年前の出産事故に端を発する悲劇
翠苓による柘榴宮放火事件。後宮の権力闘争が暴力として表面化する
阿多妃と先帝の侍女の間で赤子が取り違えられていた真実。壬氏の出自に関わる秘密
赤子の取り違え──35年前の悲劇が現在の権力構造を規定している。過去が現在を縛る構造
猫猫は事件を解決するが、後宮の構造的な闇は変わらない。彼女は再び花街に戻る

設計図のここがすごい

分析を終えて

フローチャートに起こして最も印象に残ったのは、1巻のほぼ全ての事件が「おしろい(鉛毒)」という一つのモチーフで繋がっていることです。御子の衰弱、風明の復讐、赤子の取り違え──バラバラに見えた事件が、一つの物質を通じて35年前まで遡る。ミステリーとしての設計が本当に美しい。

猫猫というキャラクターの設計にも唸りました。権力に無関心で、毒に異常な興味を持ち、美貌にも身分にも動じない。これらの「変人要素」は全て、後宮ミステリーの探偵として必要な条件を構造的に満たしている。「変わった子」が「変わっているからこそ真実が見える」──この設計は天才的です。

そして何より、この物語が「女性の物語」として機能していること。後宮という閉鎖空間で、妃も侍女も下女も、それぞれの立場で権力構造に翻弄されている。風明の「忠義が暴走した復讐」は、構造の犠牲者が構造の加害者になる悲劇です。猫猫はその構造を見抜くが、変えることはできない。

「毒と薬は同じもの」──この作品のテーゼは、知識と権力の関係にも当てはまります。知識は人を救うこともあれば、殺すこともある。猫猫はその境界線の上を、ひとりごとを呟きながら歩いていく。

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