Undertale
Undertale
「誰も殺さなくていい」。そのルールは、あなたがゲームに何を求めるかを暴く装置だった。
Undertaleは2015年にToby Foxがほぼ一人で制作したRPGです。「誰も殺さなくていい」というキャッチコピーが有名ですが、構造を分解すると、この作品の真の設計はもっと深い場所にある。プレイヤーの「選択」がゲームのシステムレベルで記録され、二度と消えない。SAVE/LOADという「ゲームの当たり前」を物語装置に変え、「やり直し」がもう一つの暴力であることを突きつける。メタフィクションとRPGの解体を、笑いと涙で包んだ革命的な作品です。
物語の設計図
設計図のここがすごい
分析を終えて
フローチャートにして最も衝撃的だったのは、PルートとGルートが「同じノード」から分岐していることです。トリエルを殺すか殺さないか。その最初の選択が、全く異なる因果の連鎖を生む。しかも両方のルートが「メタ構造」のノードで再び合流する。「どちらを選んでも、ゲームはあなたの選択を記録している」。
フラウィーの設計に脱帽しました。最初に出会う「敵」が、実はプレイヤー自身の鏡像だった。何度もリセットして全てを試し、飽きて暴力に走る──それはプレイヤーがゲームに対して普通にやっていることです。フラウィーの絶望は、ゲーマーの「消費」の帰結。
そしてSAVE/LOADの物語化。ゲームシステムを物語装置に変えるという発想自体は他にもありますが、Undertaleはそれを「倫理」のレベルまで引き上げた。「リセットは暴力の一形態である」──この命題を、笑いと涙で包んで突きつける手腕は天才的です。
Toby Foxがほぼ一人で作ったこの作品が、ゲームの「選択」の意味を永遠に変えました。「誰も殺さなくていい」は優しい言葉ではなく、最も鋭い問いかけです。あなたはなぜ殺すのか。ゲームだからか。それは答えになっているか。